えじえじなるままに

旅行が趣味のアラフォーえじえじの日常

岸和田城へ行って来た

大阪は岸和田にある岸和田城。
南海電車に乗った際、よく目にしていたのだが行く機会がなく。今回はお花見も兼ねて行って来た。

 

岸和田城

岸和田城(きしわだじょう)は、大阪府岸和田市岸城町にあった日本の城である。別名千亀利城(ちきりじょう)。
建武元年(1334年)前後に、和田高家が現在の岸和田城跡から約500m東(野田町1丁目周辺)に岸和田古城を築城。「岸の城」とも言われた。
その後『日本城郭大系』によると信濃泰義によって現在地に移築されたとしている。
羽柴秀吉の紀州征伐の拠点として再築城され、その急ごしらえで造られていたものを、小出秀政が5重天守を上げる本格的な構えとした。松平康重の代に総構えと城下が整備され、岡部宣勝の頃、城の東側に2重、西側に1重の外堀と寺町が増築されている。
1640年(寛永17年)から明治維新まで、岡部氏が13代にわたって城主をつとめた。
文政10年(1827年)に天守を焼失。以降再建されないまま、明治4年(1871年)に廃城とされた。

岸和田って、だんじり(祭り)の荒々しいイメージが強いためか、ちょと恐い。             

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私が今回行ったのはちょうど桜の時期で、桜まつりなるものが開催されていたため、出店が出ていて人も多かった(>_<)
桜は綺麗なのだが、時期をずらして空いてる時に行けば良かった。
ちなみに桜は思ったほどたくさん咲いていたわけではなく、桜まつりと呼ぶにはちょっと拍子抜けする規模かなー。

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岸和田城。別名千亀利城。千亀利城って名を全面に押しているあたり、地元の人は千亀利城って名前のほうに親しみを感じているのかしら?

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大手門をくぐると、酒を造る時に使われていたという甑用大窯が出迎えてくれた。
外径180cm、直径150cm、深さ130cm、容積1800L。

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ででーん!こちら天守閣。

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こちらは天守閣の石垣。
肝心の犬走りを撮っていなかったバカな私。なのでどさくさに紛れて天守閣の石垣を載せてみた。

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もちろん、天守閣にも登りましたよ。料金300円。月曜日休館。
天守閣内には刀や具足、歴代藩主についての展示がされていた。
眼下に広がるのは八陣の庭。諸葛孔明の八陣法がテーマになっており、中央の大将と先端の天・地・風・雲・鳥・蛇・龍・虎の各陣に石組みが配されているのだそうなのだが、解説見ないとよくわからん。
安全策とはいえ、柵が邪魔でした。

天守閣からはぐるっと周囲の景色を見渡すだけで、特にこれといって特徴のあるものに囲まれているわけでも見渡せるわけでもありません。久しぶりに海を見て、ちょっとテンション上がったけどそれぐらい。

岸和田城、犬走り以外は特にこれといった特徴もなく、私としてはこじんまりとした普通のお城、というのが感想。

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最後に。やっぱり、城と桜は合いますな~(*´ω`*) 空が青かったらもっと良かった。