えじえじなるままに

旅行が趣味のアラフォーえじえじの日常

2017年 淀川花火大会

タイトル通り、淀川の花火大会へ行って来ました。

去年も来たのだけれど、友達が近くに住んでいるのでマンションから高みの見物。

さすがに会場の音楽やら放送までは聞こえないのだけれど。
眼下にはたくさんの人、人、人。うーん、こんなところでゆったりのんびり花火が見られるなんてラッキー♪と思いながら、花火について考えてみた。

 

花火の起源が中国にある(所説あり)、くらいは知ってたけど、日本における今日の夏の花火大会に関して、鎮魂の意味もあると知ったのは去年のこと。
元々日本では江戸時代から花火が打ち上げられるようになり、徳川吉宗が鎮魂・無病息災を願って川開きの日に花火を打ち上げるところから、夏の花火大会が広まっていったらしいが、ケチな倹約家吉宗にしてはやるな~。

明日は広島への原爆投下の日。広島への原爆投下が8月6日、長崎への原爆投下が8月9日、8月15日が終戦。日本における第二次世界大戦の死者約300万人(所説あり。ってか、正確な人数なんて分からないよね)。
第一次世界大戦や日露戦争、日中戦争も含めたならば、300万人は超えるだろう。
直接戦争で亡くならなかったにしても、戦争による生活苦や後遺症で命を落とさざるをえなかった人達はどれぐらいいるのだろう。
以前高齢の戦争経験者の男性に戦争のことを聞いたところ、
「国のためというより、家族を守るために戦争に行ったんや。皆最後は何て言って亡くなったか知っとるか?お母ちゃん!や。最後はお母ちゃんのことを考えて死んでったんや」
と言われ泣きそうになった。たくさんの未来ある若者が、国のため、家族を守るために亡くなられた。そう思うといたたまれない。
こんなにも多くの人々が犠牲になった戦争。
亡くなった方々は天国から花火を見て何を思うのだろうか。

火薬って元は戦争兵器として使われていたが、それを最初に美しい花火へ用いた方ってすごいなあと思う。
使い方次第では生き物を殺傷する道具にも、人々を感動させる花火にもなる。
今も世界のどこかで戦争が起きており、人々が殺しあっているが、争ったり殺傷兵器なんか作ってないで、皆で花火のような世のため人のためになることを作ればいいのにって思うが、なぜだかそうはいかないのが世の中なんだよなー。それに戦争を経験した人にとっては、花火の音は恐怖でしかないだろうし。

目が見えるから夜空に咲く大輪の花火が見える。耳が聞こえるから花火の大爆音が聞こえる。口がきけるから感動を言葉で伝えることができる。嗅覚があるから煙の臭いを嗅ぐことができる。その場にいられるから振動を身体で感じることができる。
五体満足に生まれて、戦争もなく平和な現代の日本で、こうやって花火を見ることができるって幸せなことだし恵まれていると思う。

先人の花火師の皆様方も、現代の花火を見て「すげー」って思いながら微笑んでいるのかなー、なんて想像しちゃったりなんかして。
花火で多くの人々を感動させられるなんて素晴らしいことだよなー。危険と隣合わせで一生懸命花火を打ち上げている花火師の皆様方を尊敬する。
夜空に花開く花火に感動するのはもちろんだが、夜の深い闇めがけて打ちあがっていく一筋の太い光が、天国めがけて突き進んでいく魂のようにも見えてしまう。

そんなこんなを考えながら花火を見て、世界平和とたくさんの魂が癒され成仏できることを願わずにはいられない、とある夏の夜なのでした。

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